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S I G N I F I C A N C E

松下会館の設計は明治から昭和にかけて関西を中心に活躍した建築家?渡辺節で、施工は竹中工務店が担当しました。

渡辺は東京帝国大学卒業後、鉄道院を経て1916(大正5)年に大阪で設計事務所を開設。装飾性と合理性を兼ね備えた設計を得意とし、「大阪ビルディング本館」や「綿業会館」などを手がけました。
和歌山県内では、いずれも現存しませんが、旧和歌山市庁舎(1936年)、白浜カントリークラブハウス(1956年)などを設計しています。

松下会館は渡辺が晩年に手がけた作品です。
渡辺によると「2階建て鉄筋コンクリート、講堂は鉄骨と鉄筋の混用となっている。外部仕上げは色モルタルの掻落としとタイル張り。なかでも講堂がもっとも重要な部分」としていて、高窓のルーパーや照明装置にも留意し、こと音響効果には「特別の関心」をはらった旨を伝えています(「学報」第66号昭和36年3月30日)。

渡辺の建築は「歴史様式的な装飾は要所だけに密度高く配し、それ以外の部位では大胆に省略する語法を成立させた」点で「『コロンブスの卵』的な新機軸を開いてみせた」とされています(「関西の近代建築」)。
渡辺の合理性は、松下会館のファサードに使われた穴あきブロックに象徴され、「コストをかけずに大きな開口部からの強い西日を適度に調節し、室内からは外の緑を際立たせて見せる効果がある」とされています(「SUMAI no SEKKEI(住まいの設計)2014年5?6月号」)。
竣工後、幾度かのリニューアルを行った松下会館ですが、この穴あきブロックを使ったファサードは松下会館の象徴的な部分として、現在でも見ることができます。

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2023年現在も当時の面影を残す松下会館外観
2023年現在も当時の面影を残す松下会館外観

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