和歌山大学システム工学部精密物質学科 | 花野真之 |
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橋本正人 |
目的
化合物が溶液の中でどのような動きを示すか、どのようにして化合物ができていくのかに興味を持って開始した。バナジウムは、近年インシュリンやその他の酵素類似機能を持つものとして注目されている。生体内では主に水溶液中で反応を行い様々なタンパク質と相互作用(錯形成)を行うはずである。しかし、そういった相互作用の様子は良くわかっていない。そこで、この研究では、様々な条件において水溶液の中でできるバナジウムとアミノ酸との錯体を調べ、それぞれの錯体の平行定数を決定して溶液内のモデリングを行うことと、できればその錯体がどのような構造をしているかを決定すること。
研究方法?結果?考察
実施に当たってはまず、メタバナジン酸ナトリウム、L-ヒスチジン、過酸化水素の保存溶液を作成する。濃度を正確に知る必要があるため、過酸化水素については過マンガン滴定による濃度決定も行う。過マンガン酸滴定は以下のとおりである。
- @ 過マンガン酸カリウム0.99 gに蒸留水300 mlを加え、300 ml過マンガン酸溶液を調製する。これを15分間煮沸し、常温まで自然冷却したら褐色ビンに移し1日放置する。
- A この溶液でビュレットを洗浄した後、ビュレット内をこの溶液で満たし、1日放置する。
- B Aのビュレットを洗浄した後、過酸化水素と塩酸の混合溶液(体積比1:1)にてビュレットを満たし1日放置する。
- C シュウ酸0.63 gに蒸留水100 mlを加え、0.1規定100 mlシュウ酸標準溶液を調製する。
- D Bのビュレットを水で洗浄し、過マンガン酸水溶液で共洗いする。
- E 過マンガン酸カリウム溶液の標定を行う。→Cのシュウ酸標準溶液を10 ml量り取り蒸留水10 mlを加えて希釈する。5 ml濃硫酸(36 M)を加え約70度に加熱する。
- F Eにビュレットから過マンガン酸溶液を滴定し、30秒間紅色が消滅しなくなったら終点となり滴定終了である。5回繰り返し、最大値、最小値を除く3つの滴定値の平均が滴下した体積となる。
? | 1回目 | 2回目 | 3回目 | 4回目 | 5回目 |
---|---|---|---|---|---|
ml | 7.44 | 7.48 | 7.44 | 7.37 | 7.43 |
この結果より平均の体積は約7.44となる。
G NV=N’V’(N規定度、V体積)に測定値を代入することによって過マンガン酸カリウム溶液の規定度がわかり、0.1344となった。
上記のように滴定して判明した過マンガン酸カリウム溶液を使い、上記と同じ用法で過酸化水素を滴定した。過酸化水素の規定度、18.628が判明した。過酸化水素の酸化剤としての反応:H2O2+2H++2e―→2H2Oより、過酸化水素1 molのとき電子が2 mol反応するので規定度を2で割ると過酸化水素の濃度がわかる。つまり、過酸化水素の濃度は9.313 mol/lとなる。
下の表のように溶液を作り、phを測定後51V-NMRを測定した。
? | ph | Sol.0 | sol.1 | sol.2 | sol.3 | sol.4 | sol.5 |
---|---|---|---|---|---|---|---|
H+=0 V=100 NaCl=600 |
H+=-50 V=100 NaCl=600 |
H+=10 V=100 NaCl=600 |
H+=0 X=5000 NaCl=600 |
NaCl=600 |
His=271 NaCl=600 |
||
? | ? | ml | |||||
1 | 7.80 | 2.0 | 0.0 | 0.0 | 0.2 | 0.0 | 2.0 |
2 | 7.82 | 0.0 | 2.0 | 0.0 | 0.2 | 0.0 | 2.0 |
3 | 7.20 | 0.0 | 0.0 | 2.0 | 0.2 | 0.0 | 2.0 |
4 | 7.51 | 1.0 | 1.0 | 0.0 | 0.2 | 0.0 | 2.0 |
5 | 7.16 | 1.0 | 0.0 | 1.0 | 0.2 | 0.0 | 2.0 |
6 | 7.51 | 0.0 | 1.0 | 1.0 | 0.2 | 0.0 | 2.0 |
7 | 6.56 | 2.8 | 0.0 | 0.0 | 0.2 | 0.0 | 1.2 |
8 | 7.83 | 0.0 | 2.8 | 0.0 | 0.2 | 0.0 | 1.2 |
9 | 6.77 | 0.0 | 0.0 | 2.8 | 0.2 | 0.0 | 1.2 |
10 | 7.24 | 2.0 | 0.0 | 0.0 | 0.1 | 0.0 | 2.0 |
11 | 7.94 | 0.0 | 2.0 | 0.0 | 0.1 | 0.0 | 2.0 |
12 | 7.25 | 0.0 | 0.0 | 2.0 | 0.1 | 0.0 | 2.0 |
13 | 7.30 | 3.0 | 0.0 | 0.0 | 0.1 | 0.0 | 3.0 |
14 | 8.03 | 0.0 | 3.0 | 0.0 | 0.1 | 0.0 | 3.0 |
15 | 7.31 | 0.0 | 0.0 | 3.0 | 0.1 | 0.0 | 3.0 |
51V-NMRを測定し、錯形成の様子を検討したところ、次のような錯体が生成されていることがわかった。
? | log beta | H+ | H2VO4― | H2O2 | His |
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1 | 14.1231 | 0.0 | 1.0 | 2.0 | 1.0 |
2 | 13.6702 | 0.0 | 1.0 | 2.0 | 1.0 |
3 | 19.5235 | -1.0 | 2.0 | 4.0 | 1.0 |
上の表のlog betaは全平衡定数を示している。
このことより、1?2番で(H+、H2VO4―、H2O2,His)=(0,1,2,1)の錯体が形成されていることがわかる。そして3番はこの1番と2番の異性体が形成されている。
1、2は、H. Schmidtらによりアラニルヒスチジン錯体で提案された下の図のような構造をとっていることが予想される(Chem. Eur. J., 7, 251-257 (2001))。3についてはバナジウム二つに対してHisが一つであり、架橋構造しているものと考えられる。
そして時間が余ったのでどのような構造をしているのかを判明させるために数種類だが一価のカチオンを使い、結晶を出す実験もこころみた。どのようなものを加えたのかは下の表を参照。
? | H2VO4―:H2O2:His=1:2:4 | H2VO4―:H2O2:His=2:4:1 | H2VO4―:H2O2:His=1:2:2 |
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? | ph=6.52 | ph=8.62 | ph=6.99 |
1価のカチオンを含む溶液 | NaCl | NaCl | NaCl |
KCl | KCl | KCl | |
RbCl | RbCl | RbCl | |
エチルアミン塩酸塩 | エチルアミン塩酸塩 | メチルアミン塩酸塩 | |
ジエチルアミン塩酸塩 | ジエチルアミン塩酸塩 | イソプロピルアミン塩酸塩 | |
トリエチルアミン塩酸塩 | トリエチルアミン塩酸塩 | 塩酸-n-プロピルアミン | |
イソプロピルアミン塩酸塩 | イソプロピルアミン塩酸塩 | ? | |
CsCl | CsCl | ? |
結果この中で結晶化されたものはなかった。
今後の課題として今回明らかに結晶を出すためのカチオンの種類が少なかったので、もっと種類を増やして実験する必要がある。
出したコンクール
第5回学生自主研究コンクール(平成15年3月8日)